その地震が来たとき、
ご自宅は家族を守れますか。
能登半島地震の調査で、「新耐震だから安心」とは限らないことがはっきりしました。
日本の地震の記録は古く、720年に完成したとされる『日本書紀』にも残されています。それから1300年、私たちは地震とともに暮らしてきました。
政府の地震調査研究推進本部は、首都直下地震・南海トラフ地震が今後30年以内に発生する確率を「70%程度」としています。
この数字を、高いと感じるでしょうか。低いと感じるでしょうか。
判断の手がかりになるのが、2016年の熊本地震です。
1%にも満たない数字です。しかし国は、全国の活断層のなかでの相対的な評価として、この断層を「やや高い」に分類していました。それでも多くの人には「ほぼ起こらない」と受け取られてしまったのです。
地震の発生確率は、天気予報の降水確率とは意味が違います。1%未満でも、起こるときは起こります。
その前提であらためて70%という数字を見れば、備えないという選択肢がないことは明らかです。
2024年1月1日午後4時10分、石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6の地震が発生しました。津波・地盤の隆起・液状化・火災が同時に襲う複合災害となり、多くの方が犠牲になりました。
犠牲者748人のうち、520人が「災害関連死」
建物の倒壊などで直接亡くなった方より、避難生活のなかで体調を崩して亡くなった方のほうが多かったのです。家が住める状態で残っていれば、守れた命があったかもしれません。(2026年7月時点)
「81-00住宅(ハチイチ・ゼロゼロ住宅)」とは
1981年6月から2000年5月までの建築基準で建てられた木造住宅のことです。「1981年以降=新耐震基準だから安心」と思われがちですが、この年代の住宅には柱と土台をつなぐ金物の決まりがありませんでした。2026年の時点で、築26年から45年ほどの木造住宅がこれにあたります。
国土交通省 国土技術政策総合研究所(国総研)が公表した被害調査報告で、この81-00住宅の被害状況が明らかになりました。
81-00住宅の4戸に3戸が、なんらかの被害を受けた
「倒壊・崩壊」または「大破」と判定されたのが16.9%。まったく無被害だったのは、わずか26.5%でした。
もちろん、1981年5月以前に建てられた住宅の被害はさらに深刻でした。それでも、「新耐震基準だから大丈夫」と思われていた年代の住宅で、これだけの被害が出たという事実は重く受け止める必要があります。
調査報告からは、もうひとつ重要なことがわかりました。柱や土台に腐れやシロアリ被害(生物劣化)があった住宅は、そうでない住宅にくらべて倒壊被害の割合が明らかに大きくなっていました。
下の2枚の図をくらべてみてください。上が劣化していた住宅、下が劣化のなかった住宅です。上の図は、無被害を示す水色が少なく、被害を示す赤やオレンジが目立ちます。
劣化が進むと、新築時に備わっていた耐震性は失われていきます。これは1981年〜2000年の住宅に限った話ではなく、2000年以降の基準で建てられた住宅でも同じです。
そして、劣化は床下や壁の中で進行するため、暮らしていても気づけません。だからこそ、専門家が実際に家の中を確認する「耐震診断」が必要になります。
ご自宅の状態、確かめてみませんか
耐震診断について詳しく見る1995年の阪神・淡路大震災でも、多くの木造住宅が倒壊しました。その壊れ方には、大きく2つのパターンがありました。
ひとつは、家全体が崩れ落ちる倒壊。古くて全体的に傷んだ家に多く見られました。能登半島地震でも、劣化した住宅で被害が大きかったことが確認されています。
もうひとつは、1階だけが崩れる倒壊。2階がそのまま落ちてくるかたちになるため、1階で就寝中だった方が犠牲になりました。
こうした壊れ方には、4つの原因があります。
1981年5月より前に建てられた木造住宅は、いまの建築基準にくらべて必要な壁の量が少なく、地震の力に耐えられませんでした。1981年6月以降の住宅では、この点は改善されています。
家の重さの中心と、強さの中心がずれていると、地震のときに家がねじれるように揺れます。南側に大きな窓が並ぶ家は、とくに注意が必要です。
2000年5月より前の基準では、柱と土台をつなぐ金物の決まりがありませんでした。揺れで柱が抜けてしまう「ホゾ抜け」が起き、倒壊につながりました。81-00住宅の弱点は、まさにここです。
柱や土台といった家を支える大事な部分が腐ったり、シロアリに食べられたりしていると、建物全体が弱くなります。床下や壁の中で静かに進むため、暮らしていても気づけないのが難しいところです。建築年代を問わず、すべての家に起こります。
ご自宅にこうした弱点がないか、一度確かめておく必要があります。
1995年1月17日午前5時46分、兵庫県淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生しました。わずか22秒の揺れで多くの建物が倒れ、6,434名の命が失われました。
亡くなった方の約8割、およそ5,000人が「圧死」
倒れた建物や家具の下敷きになったということです。地震から命を守るうえで家そのものの強さがどれほど大きな意味を持つか、この数字が物語っています。
| 被害の区分 | 被害数 | (世帯数) | |
|---|---|---|---|
| 住宅被害 | 全壊 | 104,906棟 | 186,175世帯 |
| 半壊 | 144,274棟 | 274,181世帯 | |
| 一部破損 | 390,506棟 | — | |
| 合計 | 639,686棟 | — | |
| 人的被害 | 死者 | 6,434名 | — |
| 行方不明者 | 3名 | — | |
| 負傷者(重傷) | 10,683名 | — | |
| 負傷者(軽傷) | 33,109名 | — | |
| 負傷者 合計 | 43,792名 | — | |
「大きな地震は、めったに起きない」——そう感じている方は少なくありません。
では実際に、人的被害をともなう巨大地震はどのくらいの頻度で起きているのでしょうか。
| 発生年 | 名称 | 規模 | 死者 |
|---|---|---|---|
| 1943(昭和18年) | 鳥取地震 | M7.2 | 1,083人 |
| 1944(昭和19年) | 東南海地震 | M7.9 | 1,223人 |
| 1945(昭和20年) | 三河地震 | M6.8 | 2,306人 |
| 1946(昭和21年) | 南海地震 | M8.0 | 1,443人 |
| 1948(昭和23年) | 福井地震 | M7.1 | 3,769人 |
| 1964(昭和39年) | 新潟地震 | M7.5 | 26人 |
| 1968(昭和43年) | 十勝沖地震 | M7.9 | 52人 |
| 1978(昭和53年) | 宮城県沖地震 | M7.4 | 28人 |
| 1983(昭和58年) | 日本海中部地震 | M7.7 | 104人 |
| 1984(昭和59年) | 長野県西部地震 | M6.8 | 29人 |
| 1993(平成5年) | 北海道南西沖地震 | M7.8 | 230人 |
| 1995(平成7年) | 阪神・淡路大震災 | M7.3 | 6,437人 |
| 2004(平成16年) | 新潟県中越地震 | M6.8 | 68人 |
| 2005(平成17年) | 福岡県西方沖地震 | M7.0 | 1人 |
| 2007(平成19年) | 能登半島地震 | M6.9 | 1人 |
| 2007(平成19年) | 新潟県中越沖地震 | M6.8 | 15人 |
| 2008(平成20年) | 岩手・宮城内陸地震 | M7.2 | 23人 |
| 2011(平成23年) | 東日本大震災 | M9.0 | 18,446人 |
| 2016(平成28年) | 熊本地震 | M7.3 | 273人 (うち関連死223人) |
| 2018(平成30年) | 大阪府北部地震 | M6.1 | 6人 |
| 2018(平成30年) | 北海道胆振東部地震 | M6.7 | 43人 |
| 2021(令和3年) | 福島県沖地震 | M7.3 | 3人 |
| 2022(令和4年) | 福島県沖地震 | M7.4 | 3人 |
| 2023(令和5年) | 石川県能登地方の地震 | M6.5 | 1人 |
| 2024(令和6年) | 令和6年能登半島地震 | M7.6 | 748人 (うち関連死520人) |
こうして並べてみると、巨大地震が特別な出来事ではないことがわかります。日本はいま地震の活動期に入ったといわれ、いつ、どこで大きな地震が起きても不思議ではありません。
まずは、ご自宅の状態を知ることから
耐震診断では、専門家が実際に床下や小屋裏まで確認し、
ご自宅がどの程度の地震に耐えられるかを診断します。
補強が必要かどうかも、そこではじめてわかります。
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