木耐協/日本木造住宅耐震補強事業者協同組合 電話での耐震診断申込は0120-224-293


心配の種がなくなって気分まで明るくなりました(1/2)

岐阜県大垣市

 大垣市は、名古屋中心部から北西へ直線で45kmほどに位置する、岐阜県で2番目に大きい都市です。名古屋からはJR東海道本線快速で30分ほどの距離ですから、三重県の四日市市や桑名市とともに、中京経済圏の一角を占める都市です。いわゆる濃尾平野の北端にあたり、岐阜三大河川である木曽川、長良川、揖斐川の西側、そして雪の名所の伊吹山の東側という位置関係です。

数々の歴史を秘めた水の都

 天下分け目の戦いと称され、徳川と豊臣の両陣営が激突した関ヶ原の戦場は大垣のすぐ西隣りの町です。この一帯は京の都に近く、交通の要衝でもあったから、西暦672年の壬申の乱以来、たびたび戦乱の舞台となってきました。大河の流域で肥沃な土地に恵まれ、水陸の交通も便利だったこの土地が、軍事上も重要な土地だったことがわかります。

 また大垣は、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅を終えた場所としても有名です。大垣市の紹介パンフレットによれば、この「奥の細道むすびの地」とともに「水の都」という名称が盛んに用いられています。

 たしかに市内には大小の河川が網目状に流れて水郷地帯と呼ぶにふさわしく、市域のほぼ全体が海抜3〜4mしかないということです。

素人が建てた家のようだといわれて

 依頼者様邸は今から25年ほど前に建てられました。1階が77m2、2階が70m2という、ほぼ総2階の店舗兼住宅で、2年前に亡くなられたMさんのご主人が、弟さんから紹介されたという大工さんに建ててもらったとのことですが、この大工さんが問題でした。

 自宅で美容室を経営する依頼者様は2年前に店舗部分の改装を行ったのですが、そのときにリフォーム業者から「まるで素人が建てたような、ひどい家だ」といわれたそうです。壁工事のため内壁をはがしてみたところ、内部がガランドウだったとのことでした。

 柱の間隔がやたらに広いうえに筋交いが全然入っておらず、また通し柱のはずが1階と2階の間でなぜか数十センチも隙間があり、板切れが打ち付けてあっただけというお粗末な箇所も見つかったそうです。

濃尾大震災で壊滅的被害を受けた町  

 大垣市は、過去にも地震災害をたびたび経験してきた町です。

 明治24年(1891年)10月の濃尾大震災では、当時の総戸数4,597戸のうち、全壊3,376戸、半壊962戸、そのうち火災による焼失934戸という大被害を受けました。この震災では、死傷者も2,000名に及んだことが記録に残っています。

 この地震の大きさはM8.0で、内陸直下型地震としては世界でも最大級とされています。同じく直下型の阪神淡路大震災でさえM7.3でしたから、それをはるかに上回る激烈な地震だったことがうかがえます。

 このほか昭和19年の東南海地震、昭和21年の南海道地震でも少なからぬ被害を受けている。水の都だけに地盤が軟弱なのかも知れません。

地震におびえながら暮らす日々

 依頼者様自身、それまではあまり気にもしていなかったそうですが、「ひどい家」だと宣告されてからは、地震のたびにビクビクして暮らす日々が続いたといいます。

 何とかしなければという思いはあるものの、具体的にどうすればいいかがわからなかったそうです。

 木耐協のお知らせチラシは、これまでに何回も目にしてきたとのことですが、点検商法による被害も耳にしていたため診断の依頼をためらわれていたとのことでした。しかし一度木耐協に問い合わせ電話を入れた時の応対で信用できると思った依頼者様は、耐震診断を木耐協に依頼されました。


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