世田谷区は東京都23区の西端に位置しています。多摩川を隔てた対岸は神奈川県です。新宿から湘南、箱根に向けて区内を走り抜ける小田急沿線の武蔵野丘陵には、昭和の初期ころから次々と新しい住宅地が開発されました。数十年を経過した現在、もはや武蔵野の面影は偲ぶべくもありませんが、それでもいまだに雑木林などが随所に散在し、大学・高校をはじめ各種の文化施設も多いところから、世田谷は都民の人気ナンバーワンの住宅エリアとなっています。
郊外文教地区の人気住宅地
今回の依頼者邸は、有名私立学園のキャンパスにほど近い、閑静な住宅街の一角にあります。駅からは徒歩数分で、駅前商店街を抜けてすぐという場所ですから、環境もさることながら、いかにも暮らしやすそうな町です。
この町に依頼者様のご両親が家を建てたのは昭和2年のことだそうです。関東大震災の数年後のことですが、おそらく当時は周辺に武蔵野の自然が豊かに残っていたのでしょう。この町で生まれ育った依頼者様には、幼いころに遊んだ近くの川や森の記憶が鮮明に残っているそうです。
現在の家は昭和55年、依頼者様が赴任先のアメリカから帰った直後に建て替えられました。屋根がマンサード型と呼ばれる独特の形をしているのは、アメリカ暮らしの影響とのことです。建築は大手ハウスメーカーに依頼されましたが、間口3間、奥行き6間の総2階建てという、都心にしてはかなり大きな家です。
基準法改正直前に建てられた家
依頼者様が建て替えを行った昭和55年は、非常に微妙な年です。木造住宅の耐震性がようやく社会的な問題になり、翌56年に壁量の見直しなどを中心とする建築基準法の大幅改正が行われているからです。つまり依頼者邸は、古い基準法ギリギリで建てられた家なのです。
もちろんその事実に気づいたのは最近のことですが、東海地震や相模トラフ周辺を震源とする首都圏直下型地震の発生確率が高まっているといわれるようになって、依頼者様も地震への備えを真剣に考えるようになったといいます。
現役のころ、大手のメーカーに勤務していた依頼者様にとって、情報収集と分析はお手の物です。依頼者様によれば、さまざまなデータを総合した結果、相模トラフ周辺のうち小田原から箱根にかけての一帯か、房総沖あたりで大地震が発生する可能性が大きいそうです。
大地震が来たらこの家は危ない
いずれにせよ依頼者様にとって、首都圏を直撃する大地震は「いつか来るかもしれない」存在ではなく「いずれ必ず起きる」というものです。
ひるがえってその大地震が起きたとき、自分の家が耐えられるかどうかを考えてみると、いささか心もとないとのことです。いっそ建て替えてしまえば、現行基準法に基づいて作られるわけだから強い地震でも耐えられることはわかっていますが、現在ではそれだけの気力も体力もないと依頼者様はおっしゃいます。
このため比較的に早い段階から、依頼者様は耐震補強工事を行おうと決めていたようでした。しかしどういう業者に頼めばいいかがわかりません。近所に親しくしている大工の棟梁がいらっしゃるとのことですが、こと耐震補強に関してはあまり専門知識もなかったらしく、話し相手にもならなかったとのことでした。