岡崎市といえば、徳川幕府300年の礎を築いた徳川家康生誕の地です。家康公にちなむ史跡や社寺仏閣が多く存在します。名古屋と豊橋のほぼ中間にあたることから、西三河地区の要衝であり、群雄割拠の戦国時代から数多い戦の舞台にもなってきた町です。市域の2/3を三河高原に連なる丘陵地が占め、矢作(やはぎ)
川とその支流の乙川流域に広がる肥沃な平野に市街地が広がっています。美しい自然と環境に恵まれた土地です。
徳川家康生誕の地

徳川家康生誕の地林邸がある矢作町は岡崎市の西端部に位置し、岡崎城などがある市の中心部から矢作川を隔てた西岸にあたります。
この土地は水田を埋め立てた宅地の「建築条件付き分譲」物件で、いまでも目の前に水田が残っています。写真ではよくわからないかもしれませんが、この一角の宅地はすべて道路面より1mほど高く土盛りされています。後日わかったのですが、大きな川の流域のため、水はけがあまり良くなく少し大雨が続くと、道路まで冠水することがあるそうです。
大震災当時から耐震性に不安が
この家を建てた1年後に、あの阪神淡路大震災が起きました。岡崎あたりでも震度3を記録したそうですが、その直後から奥様は地震が気になり始めたといいます。
1階の東南部にはリビングからダイニングキッチンにかけて大きな空間が設けられています。これは施主様の希望でした。その当時は地震のことなど全く念頭にありませんでした。しかし、設計士や大工さんたちからも、特別の指摘も注意もありませんでした。わずか10年ほど前のことですが、専門家の間でも住宅の耐震強度への認識は、その程度でしかなかったということでしょう。
「素人考えでも、この何も支えがない広い部分が、頼りない感じがしました」と言います。そこで、背の高い家具に倒れ防止の突っかい棒を装着するなどの対策を講じたものの、いずれ本格的な補強が必要だと考えていました。