木耐協/日本木造住宅耐震補強事業者協同組合 電話での耐震診断申込は0120-224-293


地震に気づかない? 耐震リフォームで揺れない家に
宮城県仙台市

 今回の現場は、東北地方で唯一の100万都市、宮城県仙台市太白区のお客様を訪ねました。JR仙台駅から真南へほぼ3km、伊達政宗が築城した青葉城跡公園を右手に見ながら広瀬川を渡った一帯が太白区で、背後に小高い丘陵の連なりをひかえた東向きの斜面に、落ち着いたたたずまいの住宅街が広がっています。

 杜の都の山の手住宅地 

 太白(たいはく)という地名は、その昔、太白星(金星)が落ちて山になったという伝説がある地元の太白山にちなみます。
 この一帯にさほど高い山があるわけではないのですが、広瀬川と名取川の流域平野に向けなだらかな丘陵が起伏していて、緑が多い仙台市の山の手住宅地になっています。
 区内を東に流れる名取川の少し上流には有名な秋保(あきう)温泉があり、秋保大滝や渓谷など観光スポットも多く存在します

 今回の診断依頼者様は仙台で生まれ育ちました。お住まいの向かいの家が生家で、いまから30年ほど前に実家の裏の畑を分けてもらい、この家を建てられました。建ててくれた近所の大工さんは、今でもご健在です。

 築後30年のわが家が大地震に耐えられるか

 4人の子宝に恵まれたSさんは、最初は平屋だった家を2階建てに増築しました。あの宮城県沖の大地震(※)があった年というから、28年前のことになります。ところが、財閥系の大手商社に勤務していた依頼者様は、その直後に東京方面に転勤になり、以後20年以上も仙台には帰っていません。その間、留守宅は貸家として実家で管理していました。
 総合商社を勤め上げたSさんは、つい3年前の平成11年3月、余生を生まれ育った故郷で送るため、奥様とともに仙台に帰ってきました。奥様も仙台出身で、夫婦そろっての里帰りです。
 4人のお子さんは、幼くして仙台を離れているため、東京が故郷のようなものです。そのため東京や栃木などに生活の拠点をかまえています。
 余生とはいえ、現在でも関連企業の相談役的な立場で多忙な毎日を送っていらっしゃいます。
 この家に戻ってきた3年前、台所や浴室などの水回り、外壁のサイディング貼りなど応急の改装を行いました。しかし、最近になって宮城県沖地震や三陸沖地震の話題がマスコミで多くなってきたこともあり、お住まいの耐震強度が気になり始めました。
 あの宮城県沖地震のときも、仙台地方にも少なからぬ被害が出ました。別項に記載したように宮城県沖の地震はそろそろ危険期間に入ってきているうえに、地震予知連絡会が警告を発している三陸沖地震はその数倍以上の規模になるともいわれています。地震が起きた時、築30年を経過したわが家が大丈夫だろうかと考えました。

※【宮城県沖地震】
 1978年6月12日に発生したM7.4の地震で、死者28名、倒壊家屋1,183棟など大きな被害が出ました。宮城県沖では過去200年間にM7.3〜7.5の大地震が6回、26年から42年おきに発生しており、平均間隔は約37年です。すでに前回から23年が経過しているので、かなり発生確率が高まっているといわれ、規模はM7.5からM8.0と予測されています。

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