木耐協/日本木造住宅耐震補強事業者協同組合 電話での耐震診断申込は0120-224-293


バリアフリーと同時の耐震補強で住みやすい家に
大阪府枚方市

 枚方市は京都と大阪のほぼ中間、淀川の流域に開けた町です。かつて長岡京、平安京の時代には市内の交野ケ原一帯が貴族の遊猟地となっていました。淀川流域の広大な湿原は、野鳥や小動物の絶好の狩場だったに違いありません。

 また戦国時代には数々の合戦が行われた土地でもあり、江戸時代に入ると旧東海道の宿場が置かれ、淀川を上り下りする三十石船の中継地として栄えました。水陸の便に恵まれたこの土地は、昔も今も交通の要衝となっています。


進む緑の学園都市づくり

 枚方市の人口は40万人強で、これは終戦直後の約10倍にあたります。つまりここ60年ほどの間に急速に都市化が進んだわけで、現在も人口は増え続けています。
 市域の西側に淀川河川敷緑地が広がり、背後のなだらかな丘陵地にはまだ緑が多く残っています。市内に御殿山など屈指の高級住宅地があるように、この一帯は現在も人気の住宅地です。
 その一方でいま市内には6つの大学があり、ベッドタウンから田園学園都市に脱皮するための町づくりが進んでいます。


よく揺れる家だったことが不安で…

 Fさんのご両親が現在地にこの家を購入したのは昭和42年とのことですから、かれこれ40年近く前のことです。最寄り駅まで徒歩10分、淀川緑地へも直線で2kmという位置で、水田か池だった場所を埋め立て造成した分譲地の一角となっています。建物は1階が44平方メートル、2階が47平方メートルほどのほぼ総2階で、外壁はモルタル仕上げになっています。
 Fさんはいまもご両親と同居していらっしゃいますが、数年前から高齢化したご両親にとって住みにくい家なのではないかと思い始めていました。玄関の段差やトイレのドアの開閉で転倒したこともあり、両親が安全に暮らすために何とかする必要がありました。
 もう一つの気がかりは、この家が非常に揺れやすい家だったことです。F氏邸から100mほどの距離に私鉄の線路下をくぐるトンネルがあり、大型トラックやダンプなどが急勾配を上り下りする振動で、F氏邸は大きく揺れたそうです。もちろん強い風のときにも2階はかなり揺れました。
 じつは昭和59年ころF氏邸ではかなり大規模な増改築を行っているのですが、これは阪神大震災の数年前のことです。Fさん自身も大震災を体験していらっしゃいますから、その恐怖の記憶はいまも鮮明に残っています。
「たまたまこの前は助かったが、もう一度あんな大地震に見舞われたらこの家が耐えられるかどうか、自信がなかった」とFさんは言います。
 まして高齢のご両親はほとんど一日中家の中で、それも1階で暮らしています。もし大震災でこの家が倒壊したときには、ご両親が真っ先に犠牲になってしまうかも知れません。
 同じ頃入居してきた周辺の家の多くはすでに建て替えられており、Fさんも心の中では建て替えも考えていらっしゃったようですが、その前に専門家によく調べてもらうことにしました。





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